雑記

2003年の阪神タイガースは最強!関西が最高潮に盛り上がった

2003年阪神タイガース 星野監督の胴上げ

今年でちょうど15年前になります。2003年に優勝した阪神タイガース。

優勝した時は関西に住んでいましたがとてもない盛り上がりでした。当時の雰囲気・強さの秘密を思い出しながら書いていきます。

15年の暗黒時代

阪神タイガースは85年の日本一から一転、87年から強烈な暗黒時代に突入します。

その後15年間で最下位が10回。

87年 最下位 95年 最下位
88年 最下位 96年 最下位
89年 5位 97年 5位
90年 最下位 98年 最下位
91年 最下位 99年 最下位
92年 2位 00年 最下位
93年 4位 01年 最下位
94年 4位

92年の2位を除いて15年間でBクラス14回。優勝なんて夢のまた夢。真弓・掛布・バース・岡田などを擁して日本一になった85年からの落差がすごいです。

名将・野村監督ですら3年間で3度最下位。この人でもダメなのか…と絶望を感じました。

闘将・星野仙一が監督に

暗黒時代を脱出した転機は前中日の星野仙一さんが監督になったこと。星野さんは鉄拳制裁も辞さない熱血派。

暗黒時代の阪神タイガースは関西圏の人気球団だけあって、弱くてもお客さんが入ったんです。なのでチームには負け癖が蔓延していました。

野村監督も後に当時の阪神タイガースは自分のようなタイプでは立て直せなかった。だから後任に星野監督を推薦したと仰られています。

野村監督の狙い通り、星野監督はチームの雰囲気をがらりと変えました。戦う集団に。

就任1年目の2002年は4位。Bクラスですが4年連続最下位から確実に進歩していたのです。

「血の入れ替え」により生まれ変わる

そして2002年のオフ、星野監督は非情な決断をします。ベテラン選手を中心に24人もの選手を戦力外通告。

新たにその年のFAの目玉だった広島・金本、メジャーから日本球界に復帰した伊良部、他に下柳、ウィリアムスなどこれまでにない補強を行ないました。

実力社会とはいえ、とんでもない数の選手をクビにしたのです。少なからず星野監督に批判も集まりました。

しかし、逆に言えば星野監督の本気度が選手・ファン、そして関西圏のマスコミにも伝わったのです。

ここからすべてが一つとなって阪神タイガースを優勝に導いていきます。

第三次ダイナマイト打線

2003年の阪神タイガースの強さの秘密は、やはり第三次ダイナマイト打線と呼ばれた強力打線です。

2003年のスタメン・打順

打順 守備 選手 成績
1 今岡 .340 12本 72打点
2 赤星 .312 1本 35打点
3 金本 .289 19本 77打点
4 桧山 .278 16本 63打点
5 アリアス .265 38本 107打点
6 片岡 .296 12本 55打点
7 矢野 .328 14本 79点
8 藤本 .301 0本 36打点

まずは首位打者も獲得した1番・今岡。高打率はもちろん長打力もあり、この年は初回先頭打者本塁打がなんと7本。しかもうち5本は初球!

今岡の先頭打者本塁打をきっかけに1回から試合の流れが阪神になり、そのまま乱打で圧勝という試合が何度もありました。

次に2番の赤星。盗塁61個という強烈な数で盗塁王を獲得。しかも.312の高打率。今岡を打ち取っても赤星が出てくるんだから相手投手にしたらたまったものじゃありません。

FAで新加入した3番の金本。圧倒的な成績ではありませんが、2番赤星の盗塁をサポートしつつ、チームバッティングに徹しました。

4番の桧山とともに繋ぎの打線を牽引。桧山は暗黒時代からの生え抜き選手。この桧山が4番にいることは成績や戦術的なことより、チーム・ファン全体の精神的支柱になっていました。

5番のアリアスは一発のある長距離砲。トドメの一発を良く打ってくれました。6番の片岡は濱中の故障や桧山のコンバートに振り回されながらも安定したバッティングで打線に厚みをもたらせてくれました。

そして7番・矢野、8番・藤本。恐怖の下位打線と呼ばれた2人は共に打率3割。相手に一切休ませないまさにダイナマイトな打線です。

投手

選手
井川 20 5
伊良部 13 8
下柳 10 5
ムーア 10 6

投手はエースの井川がとにかく圧倒的。20勝でもちろん最多勝獲得。最優秀防御率・ベストナイン・沢村賞とをタイトルを総ナメにしました。

新加入した井川・下柳も実力を遺憾なく発揮。安定した投球で2桁勝利。

ムーアはピッチングはもちろん、バッティングでも打率3割。ムーアの投げる日は阪神タイガースだけDHみたいでした(笑)

さらに暗黒時代にエース・藪も8勝。ルーキー久保田も5勝と先発に厚みがありました。

中継ぎも安藤・リガン・ウィリアムスは防御率1点台。他にも55回投げた金澤や、左のワンポイント・吉野もいました。

あとは覚醒前の藤川もいましたね。2003年は悪い成績ではないのですががあまり目立っていませんでした。

開幕から首位独走、一気に優勝へ

2003年は開幕から勝ち続け首位を独走。2位以下をまったく寄せ付けず、6月末時点で2位に12.5ゲーム差。

7月8日にセ・リーグ史上最速でマジックを点灯。

当時の阪神ファンはマジックなんて点いたことがなかったので困惑していました。え?7月とかに付くもんなの?って感じです(笑)

オールスターも総ナメ

元々人気球団の阪神タイガース。異常に強くなり人気は急上昇。暗黒時代は阪神ファンだと言うと馬鹿にされたのに、いつの間にか周りがみんな阪神ファンになっていました(笑)

オールスターのファン投票では全ポジションで阪神タイガースの選手が選出。

投手 井川
伊良部
捕手 矢野
一塁手 桧山
二塁手 今岡
三塁手 アリアス
遊撃手 藤本
外野手 金本
赤星
濱中※怪我のため辞退

試合も阪神勢が活躍。1戦は井川、2戦は伊良部が先発を努め、アリアス・金本が本塁打を打つなどセ・リーグを牽引しました。

9月15日、18年ぶりのリーグ優勝

マジック点灯後は2度の5連敗などで失速するものの、9月15日に18年振りのリーグ優勝。

阪神vs広島のデーゲームでは最後、一死満塁で前進守備を敷かれた赤星が外野手の頭を超える長打を打ちサヨナラ勝ち。

マジックを残り1として、ヤクルトvs横浜の試合結果を待つのみとなったのです(横浜が勝てば優勝)

そして19時33分、横浜がヤクルトに勝ち、阪神タイガースの優勝が決定。

星野監督が身体が7回、甲子園の空を舞いました。

日本シリーズは善戦するも…

優勝の後は日本シリーズです。ファンは85年以来の日本一を期待します。

パ・リーグの相手は王監督率いる福岡ダイエーホークス。井口・松中・城島・バルデスの100打点カルテットに、井川と同じく20勝のエース斉藤を筆頭とした先発陣の、阪神タイガースに負けない超強力チームです。

日本シリーズ前の予想は毎日ワイドショーで同じ内容を何度もやっていました(笑)

関西圏なのでもちろん阪神タイガースの日本一を予想する声が多かったのですが、内心不安もありました。

個人成績では福岡ダイエーホークスが圧倒的だったんですよね。2003年の阪神タイガースは成績に見えない部分の強さもあったので、それが日本シリーズでどう生きるか…。

みんな同じ不安を抱えているものの絶対に口にしない、阪神タイガースの日本一を信じて疑わない雰囲気がありました。

3勝4敗で日本一にならず

日本シリーズは1戦目・2戦目を福岡で連敗。やはり勝てないのか…と思うも甲子園で三連勝。自分たちのホームでそれぞれ勝つ展開。

最後の2戦は福岡に戻ります。1勝すれば日本一、しかし福岡ダイエーホークスのホームで負けてしまうのか。

結果は福岡で二連敗。日本一は福岡ダイエーホークスに。

そして黄金期へ

日本シリーズを落とした阪神タイガースにさらに悪いニュースが。

18年ぶりの優勝に導いた星野監督が体調不良を理由に監督を辞任。周りが思っている以上にプレッシャーがあり、満身創痍のまま戦ってくれていたんです。

後任は内野守備走塁コーチだった岡田彰布さんに。85年の日本一のクリーンナップだった主力選手です。

ドラフト会議では大学の目玉だった鳥谷敬選手を獲得。

暗黒時代から脱出して優勝を飾った阪神タイガースは、Aクラス常連の常勝チームに生まれ変わるのです。

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所有:Nikon Z7、Nikon Df、GR3/撮るのは主に子供/旅行大好き